1週間のごぶさたです。作・演出の岡見です。本来、舞台の内容について内幕をバラすとか、役者AがBしてCになったとか、作家は今日も飲んだくれているとか、そんな情報を書くべきなのかもしれません。よその劇団ブログを見るにつけ、そこにアクセスしてくるお客様もそういう情報を望んでいるのではないかと思ったりもします。あと演出家が心情を吐露したりとか。作家が作品のテーマについて熱く語ったりだとか。そんなことを書けば、いざ本番を観たお客様も、ああ作家の思いがこんな形で表現されているのねとか、あの演出家の苦労がこんな風に報われてるのねとか、みんなでゲオグランデ応援しちゃうぞみたいな流れになっていくのかもしれません。それは思いついたら書いていこうと思います。その前に思いついたことを書かせてください。
ということで、先週は洋画や海外ドラマの字幕で「I love you」を「愛してる」と表現するのはいいが、父が息子に「愛してる」って言って抱き合うのはちょっとアレなんじゃないか、というところで終わりました。なんか内容を端折って説明した分、ものすごく偏見を感じる文章になってしまいましたが、概ねこんな感じでした。そもそも「愛してる」と訳したところに問題があったわけです。そこで今回は「Love」という英単語についてお話ししましょう。どんどん演劇的な内容から遠離っている気もしますが、敢えて気にしないようにします。
一般的な英和辞典で「Love」を引くと、大抵は「愛情」とか「恋愛」とか「愛」とか「恋」とか書かれていると思います。とかとかうるさいですか。すみません。そもそもこの訳の内容が変わらない限り「I love you」は「(私はあなたを)愛してる」以外訳しようがないわけです。このままでは埒があかないので、もう少し掘り下げてみましょう。
そもそも「愛」とは何ぞや。ここでいきなり「セックス」を想像したあなた。日本の少子化問題を解決するのはあなたです。なんとかしてください。お願いします。ですが、それだけですと日本でもひところ歌謡曲などの「なぜかいきなり英語になる歌詞」にあった「アイ・ニージュー(I need you)、アイ・ウォンチュー(I want you)」などの「お前が欲しい」系の世界になってしまいます。少なくとも家族の中では通用しません。
では神と人間という、いきなり飛躍した関係を持ってきましょう。「神の愛」という言葉から何を想像するでしょうか。ここでギリシャ神話を持ってこられると話が複雑になるのですが、そうではなくてたとえばキリスト教や仏教などの神様が人間に対して愛情を注いでいる場合、言い方を変えれば「見守っている」ということになるます。場合によっては「救いの手を差し伸べる」ということにもなるでしょう。海外の特に信仰心の厚い人々が言う「Love」にはこういった側面があるのです。
この発想だと、父が息子に「I love you」と言った台詞の背景には「私はお前を見守っていて、いつでも救いの手を差し伸べるよ」という思いが見られます。一見、これだと息子から父親に「I love you」というのがおかしいようにも思えますが、実際はほぼ同じ意味です。息子も父親のことを「見守っていて、救いの手を差し伸べる」気持ちを持っているのです。もっとわかりやすく解釈すれば息子は父親のことが「大事」だし「大切」だし、その存在に「感謝」をしているわけです。
というところで、中途半端ですが続きます。また来週。
※先週同様、見ればわかると思いますが、写真と本文の内容は一切関係ありません。深読みしてみるのも面白いかもしれません。
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