前回「BHUコントに関する話は割愛」と書きましたが、その後の作品への影響も大きかったので、細かいところは割愛して大雑把にお話しすることにしましょう。
きっかけはBHU旗揚げの頃から私の作品を観ていただいたとある演劇ユニットの代表のコメントでした。
「岡見さんはコントに向いている」
裏を返せば「物語を書く」ことには向いていないけど、その着眼点と役者としての個性を引き出すのはコントスタイルが合っているということだそうで。その代表は著名な脚本家のご子息で、なおかつ高名な画家のお孫さんでもあり、本人も戯曲を何本も書かれている大先輩でありました。「作家としてNG」ともとれる発言に抵抗はあったものの、大先輩に言われているだけに説得力はあります。加えて『ベンジャミン』で自分の限界を感じた私は、共演者の金塚とその代表が作・演出した二人芝居(かつてその代表の下でやったことのある作品)を経て、コントライヴを始めることにしたのでした。
最初は台本を書いていったのですが、どうも迫力に欠ける。ということで、その台本のエッセンスをベースに、金塚と二人で雑談をして、そこから面白い部分だけを抽出してネタにする、という方法で進めていきました。稽古中に雑談が多くなったきっかけはここにあると思います。
『ベンジャミン』を上演した翌年に初のコントライヴを決行しました。その道に誘った代表(BHUではプロデューサー的役割)も最初は不安で、初ライブは3ネタ30分2ステージという短い内容で「実験」とも言える公演でした。単なるコメディ舞台ではなく「コント」と名が付くからにはお客様も当然最初から「笑い」に来るわけです。おまけに始めてみてわかったのですが、素直に「笑い」に来るお客様よりも「笑わせられるものなら笑わせてみろ」くらいの勢いで来られるお客様のほうが多かった。どういう心理なのかわかりませんが、とにかく受付を通った時点では難しい顔をされているお客様がほとんどだったそうです。
そんな状況で初めてお披露目したネタが『映画評論家』でした。評論家と称しているのに擬音とジェスチャーだけで映画のあらすじを語る私に、どう対応していいかわからない雑誌編集者の金塚という組み合わせです。これが自分で言うのもなんですがバカウケしました。お客様も一度笑い始めると止まりません。もう何をしても可笑しくて笑ってしまうという状態です。この体験はとても新鮮でした。
以降、私が元ネタを考えて共演者たちと即興で詳細を詰めていくというスタイルで6公演続きます。当時マネージャを買って出る人も現れて、お笑いの営業に行ったこともありました。屋外のステージと、いつも本拠地としている小さな屋内ステージとの反応の違いも体験しました。そこで「営業向きではない」ことも実感しました。そして当時は別の劇団に所属していたこともあって、いつしかコントライヴをやらなくなりました。
やはり自分が向いているのは屋内でお客様がちゃんと客席に着いている状態で見せる「見せ物」がいい。その頃ぼんやりとそう思っていました。そして大先輩から観れば下手かもしれないけど、コントライヴをメインでやっていた時に
栃木の女子高校生向けに書いた台本が演じられ、それを観ている女子高校生たちが笑っているのを観た時、伝わる人には伝わるのだとも思いました。
コントライヴはそれなりに評判が良かったし、常連客もつき始めたのですが、台本を書かなくなって3年近く、最後のコントライヴをやって1年近くの歳月が流れ、ああもう自分は役者一本でいくかなと思っていたその頃、意外なところから転機がやってきました。
『しようがないひと』を上演した頃、手伝ってくれた方がいらっしゃいました。その方が「いつか自分の劇場を持ちたい」という話はその頃から聞いていて、時折相談にも乗っていたのですが、音沙汰がなくなって5年近く経っていたでしょうか、ある日突然メールが来て「今度こそ自分の劇場ができるかもしれない」と言うではないですか。そこで再び相談に乗ったのですが、劇場の名前を決める段になって、
「ブローダーハウスという名前を使わせてもらえませんか」
と言ってこられたのでした。名前自体には愛着もありましたし、それなりに由来もあったりしましたが、当時はコントもやっていませんでしたし、こういうカタチで名前を残すのも悪くはないなと思って、英文字表記の綴りを変えることを条件に快諾しました。それは名前の説明が難しい(英語とドイツ語が混じっていたり、いろんな意味で合成語だったりする)からというのと、BHUの持ち小屋でもなんでもないことを明確にするための条件です。話はこれで終わりません。
2006年2月にこけら落し公演(劇場がオープンして初めての公演)を予定していたそうですが、当初はその小屋主さんが元々舞台女優だったこともあって、その人が主演の一人芝居を計画していたところ、劇場立ち上げでエネルギーを使い果たして思うように計画が進められないので、こけら落し公演をやってくれないか、という流れになったのでした。こけら落し公演なんて滅多にできることではありません。規模は小さいとはいえ立派な劇場です。このチャンスを逃したら罰が当たる。そう思って、金塚を誘って二人芝居をやろうということになったのでした。当然ユニット名はBHUです。
演劇寄り「見せ物」、コントライヴと来て、BHU第三期は男二人芝居が続きます。この続きはまたいつか。ひとまずこれにて過去の作品を振り返る週間を終わりにします。
※今週日曜日のREP’S TALKはお休みします。