BHUただいま稽古中!

9月 23, 2009 in BroaderHausUnit, NEWS


ブローダーハウスユニット第19回公演『パレオパラドキシアの黎明』まであと1か月ちょっと。メンバーはシルバーウィークの期間中も稽古に励んでます。チケット予約も受付中です!

前作『ケープアカハーテビーストの黄昏』に続く絶滅動物タイトル作品ですが、内容は続いていません。正義の味方が登場するところはちょっと似ていますが、今回は悪の組織も登場します。BHUコントライヴをご覧いただいていたお客様には見たことのあるキャラクターも登場します。賑やかです。今回の作品は本当に賑やかです。そんな賑やかな作品の稽古風景をANIMOTOを使ってちらっとお見せしましょう(※ケータイからは見られません)。

あらすじ:
巷を騒がす悪の組織エコロジンと、それに立ち向かう正義の味方デペイズマン。マスコミですらその正体も知らなければ深入りしようとしない戦いの裏側を突撃取材しようとする一人のアンカーウーマンがいた。
言葉を見せ物にするブローダーハウスユニットが贈る、矛盾だらけの物語。

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過去の作品を振り返る その6『BHUコントライヴ』

9月 11, 2009 in BroaderHausUnit, REP'S TALK

前回「BHUコントに関する話は割愛」と書きましたが、その後の作品への影響も大きかったので、細かいところは割愛して大雑把にお話しすることにしましょう。

きっかけはBHU旗揚げの頃から私の作品を観ていただいたとある演劇ユニットの代表のコメントでした。

「岡見さんはコントに向いている」

裏を返せば「物語を書く」ことには向いていないけど、その着眼点と役者としての個性を引き出すのはコントスタイルが合っているということだそうで。その代表は著名な脚本家のご子息で、なおかつ高名な画家のお孫さんでもあり、本人も戯曲を何本も書かれている大先輩でありました。「作家としてNG」ともとれる発言に抵抗はあったものの、大先輩に言われているだけに説得力はあります。加えて『ベンジャミン』で自分の限界を感じた私は、共演者の金塚とその代表が作・演出した二人芝居(かつてその代表の下でやったことのある作品)を経て、コントライヴを始めることにしたのでした。

最初は台本を書いていったのですが、どうも迫力に欠ける。ということで、その台本のエッセンスをベースに、金塚と二人で雑談をして、そこから面白い部分だけを抽出してネタにする、という方法で進めていきました。稽古中に雑談が多くなったきっかけはここにあると思います。

『ベンジャミン』を上演した翌年に初のコントライヴを決行しました。その道に誘った代表(BHUではプロデューサー的役割)も最初は不安で、初ライブは3ネタ30分2ステージという短い内容で「実験」とも言える公演でした。単なるコメディ舞台ではなく「コント」と名が付くからにはお客様も当然最初から「笑い」に来るわけです。おまけに始めてみてわかったのですが、素直に「笑い」に来るお客様よりも「笑わせられるものなら笑わせてみろ」くらいの勢いで来られるお客様のほうが多かった。どういう心理なのかわかりませんが、とにかく受付を通った時点では難しい顔をされているお客様がほとんどだったそうです。

そんな状況で初めてお披露目したネタが『映画評論家』でした。評論家と称しているのに擬音とジェスチャーだけで映画のあらすじを語る私に、どう対応していいかわからない雑誌編集者の金塚という組み合わせです。これが自分で言うのもなんですがバカウケしました。お客様も一度笑い始めると止まりません。もう何をしても可笑しくて笑ってしまうという状態です。この体験はとても新鮮でした。

以降、私が元ネタを考えて共演者たちと即興で詳細を詰めていくというスタイルで6公演続きます。当時マネージャを買って出る人も現れて、お笑いの営業に行ったこともありました。屋外のステージと、いつも本拠地としている小さな屋内ステージとの反応の違いも体験しました。そこで「営業向きではない」ことも実感しました。そして当時は別の劇団に所属していたこともあって、いつしかコントライヴをやらなくなりました。

やはり自分が向いているのは屋内でお客様がちゃんと客席に着いている状態で見せる「見せ物」がいい。その頃ぼんやりとそう思っていました。そして大先輩から観れば下手かもしれないけど、コントライヴをメインでやっていた時に 栃木の女子高校生向けに書いた台本が演じられ、それを観ている女子高校生たちが笑っているのを観た時、伝わる人には伝わるのだとも思いました。

コントライヴはそれなりに評判が良かったし、常連客もつき始めたのですが、台本を書かなくなって3年近く、最後のコントライヴをやって1年近くの歳月が流れ、ああもう自分は役者一本でいくかなと思っていたその頃、意外なところから転機がやってきました。

『しようがないひと』を上演した頃、手伝ってくれた方がいらっしゃいました。その方が「いつか自分の劇場を持ちたい」という話はその頃から聞いていて、時折相談にも乗っていたのですが、音沙汰がなくなって5年近く経っていたでしょうか、ある日突然メールが来て「今度こそ自分の劇場ができるかもしれない」と言うではないですか。そこで再び相談に乗ったのですが、劇場の名前を決める段になって、

「ブローダーハウスという名前を使わせてもらえませんか」

と言ってこられたのでした。名前自体には愛着もありましたし、それなりに由来もあったりしましたが、当時はコントもやっていませんでしたし、こういうカタチで名前を残すのも悪くはないなと思って、英文字表記の綴りを変えることを条件に快諾しました。それは名前の説明が難しい(英語とドイツ語が混じっていたり、いろんな意味で合成語だったりする)からというのと、BHUの持ち小屋でもなんでもないことを明確にするための条件です。話はこれで終わりません。

2006年2月にこけら落し公演(劇場がオープンして初めての公演)を予定していたそうですが、当初はその小屋主さんが元々舞台女優だったこともあって、その人が主演の一人芝居を計画していたところ、劇場立ち上げでエネルギーを使い果たして思うように計画が進められないので、こけら落し公演をやってくれないか、という流れになったのでした。こけら落し公演なんて滅多にできることではありません。規模は小さいとはいえ立派な劇場です。このチャンスを逃したら罰が当たる。そう思って、金塚を誘って二人芝居をやろうということになったのでした。当然ユニット名はBHUです。

演劇寄り「見せ物」、コントライヴと来て、BHU第三期は男二人芝居が続きます。この続きはまたいつか。ひとまずこれにて過去の作品を振り返る週間を終わりにします。

※今週日曜日のREP’S TALKはお休みします。

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過去の作品を振り返る その5『ベンジャミン』

9月 10, 2009 in BroaderHausUnit, REP'S TALK

文字ばかりで飽きてきましたでしょうか。手頃な写真でもあれば掲載しようかなとも思いましたが、手頃な写真が見つからないのでこのまま行きます。ついてきてください。フォローミー。

世紀末の頃、舞台役者稼業を長いことお休みしていましたが(と言っても1年ほどですが)、2000年になって再び活動が活発になりました。そして前作から2年後の2001年にBHU第3回公演の『ベンジャミン』を上演することになります。前作で主演を演じた女優のSと、それ以降『チェイス・マンハッタン』までほぼ全作品出演している金塚以外、新たなメンバーを迎えての作品となりました。

四方を客席に囲まれて、中央に正方形の舞台を設け、シーン毎に役者の位置を90度ずらして芝居をするという試みをしました。舞台中央にちゃぶ台があって、それを取り囲む家族の物語なんですが、そのままだとずーっと背中しか見えない役者が出てくるので、そういう演出にしたのでした。

もう少し物語の話をしますと、時は23世紀、当時はライフスタイルを自ら選択するという制度があり、平安時代や江戸時代のライフスタイルが人気を誇る中、ある男は20世紀ライフスタイルの特徴である「大家族制」に憧れて、それを選択して「家族を持つ」ようになります。一方24世紀の時間管理局では23世紀末のカオスを引き起こす原因となる人間が時間管理局の内部にいて、それが一般では使用禁止とされる技術を使って23世紀に時間遡行(タイムワープ)して、その中の人物になりすましているとの情報が入ります。時間管理局の敏腕捜査官と称される2人は、その人間を追って時間遡行しますが、それが20世紀ライフスタイルを選択した家族の誰になりすましているかわかりません。かくなる上はR.L.R.法という「同じ時間を規定回数繰り返す」技術を使って、なりすましている人間を探ろうとしますが、同じ時間同じ行動・言動をとって初めてなりすましている人間のボロを探し出せるのに、20世紀ライフスタイルを選択した家族の言動があまりに不可解で、捜査官は同じ行動を繰り返すことができません。ああ、この物語はSF色が強いので、文字だけの説明は難しいですね。

24世紀人は歌と踊りが下手だからと捜査官がいきなり歌い始めてインチキ・ミュージカルを始めたり、20世紀ライフスタイルを選択した家族はほとんど同じ台詞と動きを3回(正確には2回半程度)繰り返して、座る位置をずらして演じたり、意外な人物に犯人が乗り移っていたり、意外なところで上司が助けにきたり、最後は最後で全てをチャラにするようなどんでん返しがあったりと、やっていても見ていても飽きない作品だったと思います。個人的にはBHU初期の作品の中では一番再演してみたい作品でもあります。

時代の二重構造、ナンチャッテ・ミュージカル、笑えないのが面白いオヤジギャグ、ハードSF的世界観なのに妙に日常的、などなど、後のBHUやゲオグランデの作品のエッセンスの元がこの作品にあると言っても過言ではないでしょう。当時は旗揚げ作品と二本目の作品が様々な制約があった反動で「好きなものを好きなだけ書いた」作品でもありました。同時に制作から宣伝美術から舞台デザインから舞台監督まで一人で抱え込んでしまったため、体力の限界を感じて、コントに移行するきっかけにもなりました。

今の体制であれば、そのまま演劇的舞台作品を続けることができたかもしれません。正直、当時コントに移行するのにはかなり抵抗がありました。ですが、それを経たからこそ今の作品作りに活かせているのだと、今だから言えます。当時の関係者たちがこのブログを見ているかどうかわかりませんが、この場を借りて今さらながら感謝します。本当にありがとう。

続いてコント時代、と思いましたが、これはこれで話が別の方向に長くなりそうなので割愛して、再び演劇寄りの舞台を再開するところからお話ししたいと思います。また明日。

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『ホテル・カレイドスコープ』の裏側 その4

9月 9, 2009 in Geogrande, REP'S TALK

sofa

『ホテル・カレイドスコープ』の裏側情報はまだ続きます。朝の9時9分に更新すれば2009.09.09 09:09になったのに、とさっき気付いたので、夜の9:09に更新します。特に意味はないですが。

さて、舞台上に置かれていた黒いソファですが、大道具を貸してくれる業者はあるものの、そこから雰囲気のあるものを探すのも大変だし、何よりコストが結構かかる。ということで、今回はスタッフの自宅にあったソファを使うことになりました。ご覧のとおり、雰囲気のあるソファです。これはもう作品世界にぴったりだということになったのですが、運ぶのに一苦労。

sofa 01sofa 02

まずはスタッフの自宅から台車を使って運びます。引越作業ならまだしも、お借りするのはソファだけです。何とも間が抜けた光景です。

sofa 03そして無理矢理スタッフのバンの荷台に載せます。ソファしか載りません。すごい光景です。予め寸法を測っていたので荷台に載ることはわかっていましたが、それでも圧巻です。

運転席と助手席に一人ずつ。今にして思えばこのソファにもう一人くらい乗ることができたんじゃないでしょうか。危険ですか。

当然、公演が終わった後も、このスタイルでスタッフの自宅まで運ばれていきました。ご苦労さまでした。

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過去の作品を振り返る その4『しようがないひと』

9月 9, 2009 in BroaderHausUnit, REP'S TALK

BHUを旗揚げした当初の予定では少なくとも年間1本は上演するつもりでしたが、様々な事情が重なって2作目が上演されるまで3年近くかかってしまいました。プライベートな理由なので詳細は割愛しますが、この時期の上演はかなり奇跡に近いものがありました。

プロデュース制を採っていたので、旗揚げ公演に出演していた役者は二人だけ。それ以外はまた新たに探してきたメンバーでした。BHUのコントや二人芝居でお馴染みの金塚や、ゲオグランデで活躍中のわかまつが初めて参加したのもこの作品です。二人とも当時から異彩を放っていました。

最初に台本を書いた時は『様々トランタン』という垢抜けないタイトルでしたが、台本が書き上がって、その後諸般の事情から6回書き直すことになり、最初に書いていた内容と大きく変化したこともあって、劇中にも登場する台詞から『しようがないひと』というタイトルに変更しました。

演出も最初のうちは私がやっていましたが、これまた諸般の事情で途中から信頼おける学生時代からの後輩である島本和人くんにお願いして、本番直前まで演出をつけてもらいました。この作品以外のBHU作品には私も役者として出演していますが、この作品だけエキストラ的な出演で台詞も一言しか言わず、あとは受付をしていました。

もうひとつ印象に残っているのは物語の最後にかけた曲が、自分で選んだものであるのにも関わらず「あまりにもハマりすぎて怖い。シャレにならない」ということが劇場に入ってリハーサルをしてから気付いて、曲を差し替えたのでした。今では考えられないことです。

物語はとあるメンタル・クリニックを舞台に、「母親を殺した幻覚を見る自称女名探偵」と「クリニックの先生目当てにやってくる女子社員」を「助っ人で手伝いにきた女性カウンセラー」が相手にするというもの。それぞれ30歳を迎えている設定で「30だから」とか「30なのに」という風に年齢を目安ではなく目盛りのように見てしまうことの虚しさを書きました。物語のラストは自分の中ではありふれたもののように思って書いたのですが、ご覧いただいたお客様が口々に「こんなお話見たことがない」「ラストは驚いた」とおっしゃっていただいたので、ちょっと気分がよかったことを覚えています。

この作品の台本を当時管理していたウェブサイトに掲載していたら、3年後に 栃木の女子高校の演劇部の人から連絡があって「上演させてほしい」とのこと。高校生が30歳の女性の物語をやるなんて面白いじゃないかと二つ返事で快諾しまして、公演本番に当時出演した役者たちを連れて行ったら、女子高校生たちの演技・演出の素晴らしさも然ることながら「こんなに面白い作品だったんだ」と元出演者に言われ、開いた口が塞がりませんでした。

当時50歳を越えて、ほぼ初舞台に近いという女優さんも出演していましたね。とある伝手で出演の運びとなったんですが、芝居っ気が全然ないのに存在感が人一倍ある方でした。その後も役者を続けられているそうで何よりです。

改めて思い出すと様々なエピソードがあるものですね。続きはまた明日。

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過去の作品を振り返る その3『ソラ・カラ・ミテタ』

9月 8, 2009 in BroaderHausUnit, REP'S TALK

何の脈絡もなく過去の作品を振り返るなんて、死期が近いんですか、というメッセージをいただきました。ありがとうございます。確かに滅多に過去を振り返らない私が過去を振り返ってるわけですから、何かあるんじゃないかと思われても仕方ありません。ですがこれは「終わり」ではなく「次へのステップ」という気持ちで書いています。あまりに過去を振り返らなさすぎたというのもあります。単なるブログの穴埋めとも言えます。何とでも言ってください。

さて、舞台役者をマイナーながらも10年近く続けてきて、おかげさまでいろんな劇団から出演依頼を受けるようになりました。学生当時「客演」という響きに憧れていましたが、それが実現したのです。フリーなので「客演」というのとも微妙に違いましたが。ですが、あちこちの劇団で私から見ればとても「魅力的な役者」であるにも関わらず、魅力的に使われていない人が目立ちました。偶々なのかもしれませんが、そんな人たちを集めて面白い舞台ができないかと考えたのがBroaderHausUnitを発足するきっかけとなりました。

結論から言うと「そんな人たち」は私が書いた台本を見て悉く出演を辞退されていましたが、踏ん張って探した結果、キャストとスタッフを何とか集めて、96年の12月に念願の旗揚げ公演を上演することができました。それが『ソラ・カラ・ミテタ』という作品です。

物語は箱根にあるロボット研究所を舞台に、新たな都市管理システムの研究をしている最中、監視ロボットが正体不明の女性から直接情報を得ようとする、という内容です。東京ゲオグランデ第三種接近公演『未来大作戦 〜かつて日本とよばれたところ〜』に登場する箱根研究所は、この作品で初めて登場します。ホタルダ博士もイリュウダ博士も登場しますし、夫婦別姓で、子供ができない代わりにロボットを作っているというところも同じです。ただ、この作品のロボットは主に都市管理モニターをオフラインで監視して、都市に入ってくる人物や車両の情報を分析するというのが役割です。『未来大作戦』に登場するカナリヤ・ドロイドの前の世代のロボットなんです。

箱根にやってきた女性というのは、元カレが忘れられずに彼の家の近くまで来てしまったんですが、監視システムからすると、他地区のデータベースを照合しても見つからず「正体不明」と認識されてしまいます。本来であれば情報解析は後回しになるのですが、ホタルダ博士が細工を施したロボットは「好奇心」ともとれる行動をします。単に彼女の情報を収集するだけが目的なんですが、直接会って情報を得ようとする。でも、ロボットは研究所の敷地から出ると稼働しないような仕組になっているので、彼女に会う直前で何度も機能停止をして回収されてしまいます。

改良に改良を加えて、何とか彼女に会えるようになるのですが、それは端から見たら「彼女に一目惚れした青年が、彼女を口説こうとしている」ようにしか見えず、それを応援する人間まで出てきます。「恋なんて勘違いかもしれない」というのが隠れたテーマでもありましたが、親子(疑似ですが)の絆や夫婦のつながり、仕事とプライベートの区別などを客観的に見せつつ、誰かを想う気持ちの純粋さを書きました。

旗揚げ作品ということもありますが、悉く出演辞退をされて何度も台本を書き直したことが強く印象に残っています。また岸田戯曲賞を数年前に受賞したO氏が学生時代だった頃この作品を観に来て「これは演劇ではない」と憤慨して帰ったというエピソードもあり、それをきっかけに「私は演劇を作って見せるのではなく、見せ物を作ってお客様を楽しませるのだ」ということを心に誓ったのでした。

改めて振り返るといろんなことを思い出しますね。続きはまた明日。

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過去の作品を振り返る その2『地下室の象』

9月 7, 2009 in REP'S TALK

私のひととなりを知る人や、最近のBHU・ゲオグランデ作品をご覧のお客様は「岡見はSF好き」というイメージを持たれているかもしれません。その点は間違いありません。今まで一番観た映画のジャンルや小説のジャンルはSFです。個人的な欲求だけで作品を書かせていただけるなら、おそらく全作品SFになっていたかもしれません。ですが、一般的にSFはウケがよろしくない。レンタルDVDではSF作品の人気が高かったりしますが、それはCG見たさだったり、アクション見たさだったり、たまたま好きな役者が出ていたという理由がほとんどでしょう。

ということで、振り返ってみるとSFでない作品のほうが多いです。「非現実的」なシチュエーションは多いですが、SF作品と呼べるものは甘く見積もっても8作品くらいです。コントを除いて19作品書いていますから半分以下ですね。またSF作品も先の『沸騰少年』のような近未来を舞台にしたものが多いので、あまりSFっぽさを感じない作品のほうが多いのではないでしょうか。2作目の作品『地下室の象』もシチュエーションこそ「非現実的」ではありますが、SFではありません。

この作品は私が一般企業に勤め始めて2年目に上演した作品です。入社当時は「3年くらいまともに働いて、それから舞台をやるかどうか考えよう」と思っていたのですが、会社の事業所の夏祭りで寸劇を披露したことがきっかけで、同期の女性が「お芝居作りませんか?」と声をかけてきまして、あれよあれよと言う間に同期の人間を集めて劇団を旗揚げしたのでした。その名も「今宵の郷愁座」と言います。その同期の女性が「夢の遊民社」の大ファンで、劇団名を募集した時も「○○の○○、っていうのがいい!」と言ったところから、そういう名前になったのでした。20年近く前の話とはいえ、渋いネーミングだったと思います。

私以外は全員舞台経験なし(一人だけ芸能山城組にいたという人間がいました)という状況で、半年稽古期間に費やしました。後にも先にもあんなに稽古をしたことはありません。今思えば、よくそんな根気があったなと。

お話は、学生コンパの帰りに道に迷って気付いたら地下道だか地下溝だかに迷い込んだ男女が、「ここが俺の死に場所だ」と言い張る謎の老人に出会うところから始まります。なぜ老人は自分の死に場所としてそこを選んだのか、男女の二人組は無事に外の世界に戻れるのか。更に元刑事だった探偵と、老人に食糧を提供するおでん屋の親父も登場して、一見つながりのない人たちのつながりが明らかになっていきます。これまたリメイクをする予定なのでラストは割愛しますが、集まった人間が私を含めて6人しかいないのに、ダブルキャスト方式で若い男女の役を4人の新人役者が演じました。『沸騰少年』ほどではありませんが、切ないラストを迎えます。あの頃は自分の中で「悲劇的な結末」が流行っていたのかもしれません。

旗揚げ公演の評判は決して悪いものではなく、じゃあこのメンバーで次はこんなのをやろうと『漠とした砂』という第三次世界大戦の戦場でドラッグ中毒になって幻覚を見る兵士の物語を書いたのですが、「サラリーマンが演じてメインの客もサラリーマンなわけだから、サラリーマンを登場人物にした作品をやりたい」と役者たちが言い始めまして、折り合いもつかずあえなく解散の運びとなったのでした。しかも『漠とした砂』の台本はとある理由で私の手元にはありません。私の記憶に残っているのは「砂を噛め。渇きを癒せ。」というキャッチコピーだけです。

それから暫くの期間、私は作品を書かず、舞台役者に専念することになります。続きはまた明日。

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『ホテル・カレイドスコープ』の裏側 その3

9月 7, 2009 in Geogrande, REP'S TALK

front『ホテル・カレイドスコープ』裏側情報が内部より入りました。この画像をご覧になってピンときた方は、かなり観察力のある方ではないでしょうか。そうです。受付のメンバーがスーツの上に着けていたタイトル・プレートとポケットチーフ(ぽいもの)です。

女性用スーツには胸ポケットのないものもあり(そもそもポケットチーフは“紳士のアクセサリ”という印象が強いですが)、プレートに直接くっつけて、それを胸に着けていたわけです。それだけで「ホテルのフロント係」に見えてしまうから不思議なものです。

ちなみにこのプレートも、案内ハガキをキレイにカッティングしたものです。素材そのものが厚めでしっかりしているのと、印刷自体もキレイに仕上がっているので、まるで最初からこのために作られたもののように見えます。

ポケットチーフに使った黄色い布は、天井から吊るした布や舞台上に垂らしたものと同じものです。あまりに大量にあるので、公演が終わったらカーテンでも作って販売するかという冗談まで出たほどですが、現在とある美容室に引き取られて使われているとの情報が入りました。どんな風に使われているか一度見てみたいものです。

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過去の作品を振り返る その1『沸騰少年』

9月 6, 2009 in REP'S TALK

公演が終わると劇団サイトはアクセス数が減るのは珍しくありません。加えてBHUもゲオグランデもプロデュース・ユニット、つまり固定の役者が存在しない(何回も出演してくれる役者はいますが)ところは、お気に入りの役者のエントリ目当てで上演期間以外でもブログにアクセスなんていうことはないでしょう。ですから、このブログのアクセス数が現時点で少ないのはとても納得できる現象なんですが、それをそのまま放置していても芸がありません。というわけで、この「閑散期」を利用して、私(岡見)が過去に書いてきた舞台作品の紹介をしていきたいと思います。

おかげさまで私の作品を毎回観ていただける「常連」のお客様も増えてきましたが、一番古い常連のお客様でもBHUのコント時代からしかご存知ありません。最近、常連になられたお客様からも「(今まで)どんな作品を書いてこられたんですか?」という質問を受けるようになりました。基本的に「過去は振り返らない」体質ですが、その質問をきっかけに、先ずは一番古い作品からご紹介します。タイトルは『沸騰少年』です。

今を遡ること20年前。これ書いて気付きました。20年前か! 自分で驚きました。まだ学生だった頃です。現・日本演出者協会の事務局長を務められている大西氏が学内で旗揚げした必劇企画人という演劇サークルの役者をしておりました。当時先輩であり劇団の作・演出を務めていた大西氏は卒業してしまい、作品を作る人がいなくなって久しい状態でした。氏は卒業されてからも2本ほど作・演出をしていた記憶がありますが、私が4年生の時は確か別のユニットを旗揚げしていて、こちらに構っている暇がなかったように思います。

ということで、残った後輩と作品を作ろうということになったのですが、その後輩が肺結核を患って半年入院生活を送り、この話は立ち消えになるかと思われました。ところが退院してきてから「元気になったのでやりましょう」みたいな話になって「岡見さんに最初台本書いてもらって僕が追加・訂正します」みたいな流れになって、役者もあと2人巻き込んで、男4人の舞台を作りました。熱くなる子供というイメージから『ボイルド・キッド』というタイトル案が出ましたが、今さら中途半端なカタカナ言葉もなんだろうと『沸騰少年』というタイトルにしました。

この話を持ちかけたYくん(現・文学座所属俳優)の実体験をベースに、私の得意とする近未来SFテイストを合わせた内容になりました。現在からすれば珍しくない世界ですが、当時はSF小説でしかお目にかかれないようなコンピュータ・ネットワークの「仮想世界」が舞台の物語です。登場人物は、情報商社のオメガ屋に勤めるエリート・アイデアマンのジョウと、先輩なのにちょっと頼りない部下のケン。ケンの弟で引きこもりでコンピュータオタクのベンと、謎の男ジョージの4人。誰が主役というのはありませんでしたが、強いて言えば謎の男ジョージが物語の核を担っていたでしょうか。Yくんがジョージ、私がジョウを演じました。

バリバリ働くサラリーマンのジョウは、あるビッグ・プロジェクトを計画します。それはコンピュータ・ネットワーク上に仮想国家を作って、一般ユーザーを住まわせて、そこに登録した情報を元に、ユーザーのニーズに即したオンライン・ショッピングを展開しようというもの。その「仮想国家」の目処をつけた上で、プロジェクトの本稼働を前に有給休暇を取ります。ところが、ふとしたきっかけで、どこだかわからない場所に「転送」されてしまいます。そこにいたのはジョージという名の幼なじみでした。中学の頃クラスで目立たなかったジョージはジョウとの再会に喜び、二人で盛り上がろうと持ちかけます。

一方、ちょっと間が抜けたケンは、自宅に引きこもる弟のベンを何とか外の世界に連れ出そうとしますが、ベンはコンピュータ・ネットワーク上の自分の王国「キングダム」作りに余念がありません。そこでは彼は「王様」でいられるのです。コンピュータのことに詳しくないケンは、「これからの会社員はパソコンができないと」と弟に「パソコンを教えてくれよ」と言いますが、今ひとつ会話がかみ合いません。

このベンが作った「キングダム」と、ジョウのプロジェクト、そしてジョージの真の目的と、何も知らないケンの4人が絡み合って悲劇的な結末を迎えます。これは機会があったらリメイクをしようとしているので詳細は割愛しますが、テクノロジーのみならず、生活面においても現代を予見していた作品と自負しています。また、私が書いた作品の中では数少ない「悲劇的なラスト」を迎える作品でもあります。当時、某タバコの宣伝で「爽快感が、そう、快感」というコピーがありましたが、それにちなんで「不快感が、ふう、快感」というコピーを打ち出していました。当時は特にハッピーエンドを迎える作品に辟易していたので「悲劇的な結末のほうがお客様の印象にも長く残るだろう」と考えたのでした。

評判は良かったですが、「役者4人に観客5人」という回もあって、妙にテンションが上がったことを覚えています。あの当時は、まさかこの歳になるまで芝居を続けて、あまつさえ作・演出まで手がけるようになるとは思っていませんでしたが、あの作品を作ったことで今につながっているのだと思います。

いきなり長い話になってしまいましたが、次からはもう少し手短にまとめていきましょう。また明日。

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『ホテル・カレイドスコープ』の裏側 その2

9月 4, 2009 in Geogrande, REP'S TALK

Decoration of the lobby.

ゲオグランデの公演はロビーから始まっています。受付の衣裳は何にするか、飾り付けはどうするかなど、東京ゲオグランデの頃からスタッフと共に考えてきました。

Making the lobby.今回は旅館=ホテルが舞台ということもあって、受付の衣裳はホテルのフロントを意識したものに統一しましたが、ロビーそのものをどうするかまでは今まであまり考えたことがありませんでした。

武蔵野芸能劇場のロビーは、紅白の提灯と障子が印象的です。その印象を取り払ってはどうかという逆転の発想から、障子を隠すこという発想に辿り着きました。何を使って隠すのか。今回の公演のパンフレットです。黒地に黄色い文字というシンプルなチラシデザインを流用して、A4サイズのパンフレットを作成しましたが、これがまたいい具合に「裏が透けない」厚さの紙を使っていました。

Making of lobby.いざ作業に取りかかると、結構手間がかかることだとわかりました。まず上から下まで隠す「帯」を作ります。素手で触ると指紋や掌紋がついてしまうので、手袋をはめて作業しなければなりません。しかも丁寧に一枚一枚貼り合わせないと、上から垂らして並べて行く時に、キレイに並べられなくなってしまいます。そういう専門業者を雇えば手早く作業も進められたかもしれませんが、どこにそんな専門業者がいるかも見当がつきません。ということで、なんと役者たちがこのデリケートな作業を担当しました。

「帯」ができたら脚立に上って、均等に並べていきます。地道な作業を繰り返して「パンフの壁」を作り上げていきました。キメ細かい作業が得意なメンバーが多かったのでしょうか(ほとんど女優陣が手がけました)、予想以上のスピードでロビーの飾り付けができました。

Title decoration最も大変だったのが、ロビーの柱にパンフレットを「巻き付ける」作業でした。直接貼付けてはいけないので、一旦大きなビニールシートのようなものを巻き付けて、その上から丁寧に均等にパンフレットを貼付けていきます。

最後に黒い布を床に「それっぽく」敷いて完成です。金のヒモで“Hotel Kaleidoscope”という文字が作られていました。これは当初の飾り付け案にはなかったものですが、メンバーの一人が気を利かせて急遽作ったのでした。気付いた方はいらっしゃいましたでしょうか。

シンプルな装飾ではありますが、かなり手が込んでいます。果たして次回はどのような装飾が施されるのでしょうか。毎回やる度に「ハードル上げてるな」と思っていますが、ゲオグランデが続く限りお客様がご来場されたところから楽しんでいただけるロビー作りは続きます。次回公演をお楽しみに!

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