『ケープアカハーテビーストの黄昏』言葉の解説その2

5月 10, 2009 in BroaderHausUnit, REP'S TALK

オープニングシーン

『ケープアカハーテビーストの黄昏』では今までのBHU作品でやったことのない2つの試みを冒頭にしています。

ひとつは開場から開演の間の約30分間、舞台上に役者を登場させています。「演劇的表現」としては特に珍しい手法ではありませんが、そこに「登場人物の日常」を反映させているところがポイントです。お気づきになった方もいらっしゃるかと思いますが、30分間思い思いにキャラクターが登場しますが、誰も舞台上で「会話」をしません。目が合っても互いを意識していません。それは一般的な日常風景を表している(街中の風景)のと同時に、劇中で語られる「コミュニケーション」のない状態を表現しています。その人たちが劇中で「コミュニケーション云々を語る滑稽さ」は伝わりにくいかと思いますが、このイントロ部分の見方によって本編の捉え方が180度異なる人もいらっしゃるかと思います。

もうひとつは、本編が始まって最初の10分間は各登場人物たちの独白めいた長い台詞が続くところです。実はあの部分で本編で伝えたいメッセージ的な要素はほとんど言われているのです。ウエマツに始まりミスティの「アイアイはお猿さんなの」までが本編にちりばめた様々なメッセージのまとめ、その後のゾエアとウエマツの長い台詞が異星人側と地球人側の物語の始まりを意味しています。
もっと細かく言えば、ウエマツは人類のコミュニケーション、チチブは家族のコミュニケーション、フクシマはコミュニケーションそのもの、ミスティはそれらを成立させるのには愛が必要不可欠である、と説いています。「愛」を語るのは人間であって「アイアイ」と子供のように叫ぶのは「お猿さん」つまり「未成熟な人間」であるという隠喩が含まれています。

でも、基本的にはそこまでご理解いただかなくて、ただ笑っていただければよいのです。何こいつ変なこと言ってるんだ、というのもひとつの楽しみ方なんです。そもそもテーマ性やメッセージ性を軽視はしないものの、物語そのものはお客様ひとりひとりが好き勝手に捉えていただきたいという思いがあるので、よく物語の終わりのほうにテーマやらメッセージやらを持ってくる作品が多い中、それらにちょっぴり反抗する意味もあって冒頭に持ってきたのでした。

ということは、最後のそれっぽい主人公たちの台詞は一体!?…… という風に考えると、より一層BHUの世界をお楽しみいただけると思います。

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