BHU/ゲオグランデ代表の岡見です。今までBHUブログは転々としていましたが、ベア彦のおかげで落ち着くことができました。これを機にゲオグランデのブログも統合。言い方を変えれば、私がからんでいるステージ関連の情報は全部ここでまとめて見られるようになったわけです。岡見マニア(なぜか私のファンは自分たちをそう呼んでいます)にはたまらんですな。たまらんのか。
で、年明け早々「代表も何か書いてください」というメールがきまして。どのくらいのペースで書けばいいのか訊きましたら「週一くらいでいいと思います」と軽く返されまして。とりあえず毎週書いていくことになりましたので、よろしくお願いいたします。
書いてる時期はまちまちなんですけど、アップするのは毎週日曜の夜8時ということに決まりました。「明日から会社(学校)かあ…」とブルーになっているみなさんに元気になっていただこうと。実際、その時間は稽古をしていたり公演中だったりすることも多々あるわけですが、なんでも時間指定でエントリーをアップできるらしいので、この時間に決定しました。
てなわけで、記念すべき第一回目は「黄昏」について。ちょうどこのエントリーがアップされている頃には東京ゲオグランデの稽古をやっているはずですが、BHUの次回作のタイトル『ケープアカハーテビーストの黄昏』にちなんだ話をします。
黄昏(たそがれ)という言葉はご存知の方も多いかと思いますが、まだ電気も普及していない頃、夕暮れ時に相手の顔が見えず「あの人誰(誰そ彼)?」と言ってしまうような時間帯のことを指して「黄昏時」と言い出したのが始まりです。転じて「盛りを過ぎた末期」たとえば「人生の黄昏時」などという表現をすることもあります。「誰そ彼」がなぜ「黄昏」という字になるかは説明すると長くなるので割愛しますが、本来名詞であった「黄昏」が「たそがれる」などの動詞的な使われ方をいつの頃からかされるようになりました。「名詞+る」で動詞になるなんて日本語って便利だなあ、って話はさておき、黄昏時の風景写真を撮ってきましたが「黄昏れる」(注:動詞の場合、送り仮名は“れる”なんですって)っていうのはつまりこういう状況になっていることを指すわけですよ。この写真を見て「まあキレイ」と思ったあなたは「黄昏=キレイ」というイメージで「黄昏れるのも、まんざら悪くないんじゃない?」とか思ったりなんかしちゃったりするかもしれませんが、もうその時点で言葉の意味が変わってますから。そうじゃないですから。
「盛りを過ぎた末期」的な状態なわけですよ。あるいは「うすぼんやりした状態」なわけですよ。「まあキレイ」とか言ってる場合じゃないんですよ。最近「黄昏れている」人を結構見かけます。いろいろあって「黄昏れている」んでしょうが、人生を十二分に満喫された年輩の方々ならいざ知らず、若い人まで黄昏れていたりすると、果たしてそれでいいのかと思ってしまいます。ということで、東京ゲオグランデやBHUの公演を観て「脱・黄昏」してほしいです。
ちなみに「黄昏時」の反対語は「彼誰時(かはたれどき)」と言うのだそうです。聞かねー。夕暮れに対しての夜明けなわけですが、いっそこれにも「る」をつけて「かはたれる」という語を普及させていってはどうでしょう。「おまえには未来があるんだから、もっと元気を出せ!」という長ったらしい励ましも「かはたれろ!」で済みますよ。レッツトライ。
ということで、一回目だからなのか、長く書きすぎました。来週から短めにしたいと思います。ああ、来週はもう本番じゃないか。劇場でお待ちしております。
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